ホームヘルパーさんに断られてしまった祖母。
レビー小体型認知症である祖母は、パーキンソン病の症状もでており、歩くことがかなり難しくなっていました。
料理や洗濯、そうじなどは、私達家族がいない1人暮らしの間は、ヘルパーさんに任せっきりでした。
つまりヘルパーさんが来てくれないということは、1人暮らしができないことを意味します。
私達(私とその家族)が住む兵庫県に連れて帰るか、祖母が暮らしている宮崎県の施設に入ってもらうか、それとも他の方法を考えるか。
ただ、家で暮らし続けたいと思っている祖母にとっては、どの方法を選んでも納得してくれそうにはありません。
祖母に「ヘルパーさんに断られたから、1人暮らしはもうできないよ」と伝えると、案の定、こんなことを言い出しました。
祖母:「わたしゃ、この家でずっと暮らすよ。もとからヘルパーには来てほしくなかったんじゃから。」
私:「料理もそうじも1人じゃできへんやろ?」
祖母:「1人でできる!買い物も介護タクシーを呼んだら連れて行ってくれるんじゃから。」
私:「お店まで連れて行ってもらっても、1人でスーパーを歩き回れんやろ?そしたら、試しに今日の晩ご飯作ってみて。ちゃんとできたら1人暮らししてもいいから。」
祖母:「お前(私)がおる時ぐらい、作ってくれてもいいじゃろ。お前が帰ったら、ちゃんとするんじゃから。」
私:「おばあちゃんがちゃんと家事ができることを見届けんと、心配で1人暮らしさせられへんやろ?」
祖母:「今日は、体がキツいからまた今度する。今日はお前が作って!」
私:「だから(笑)、1人の時に体がキツかったらどうするんよ?何も食べられへんやないの。」
祖母:「1日ぐらい何も食べんでも大丈夫じゃよ。」
「ああ言えばこう言う」という状態なので話しになりません。
かといって、無理矢理施設に入れたりすることも気がひけます。
色々と考えましたが、この時はちょうど年末だったこともあり、施設に入るにしても、急には申し込みができなかったので、とりあえず兵庫県の私達の家に連れて帰ることにしました。
最初は嫌がっていた祖母も、「年末年始を1人で過ごすと寂しいよ」とか「美味しいおせち料理があるよ」とか(笑)、祖母の心が動きそうな事柄を話して聞かせ、何とかこちらに来る気になってくれました。
祖母は被害妄想が酷くなってから「お金」と「食べ物」に関してこだわりがすごく強くなっていたので、おそらく食べ物につられて来る気になったようです(笑)
行くことが決まると、今まで散々文句を言っていた私の母に対して、祖母はこんなことを言い出しました。
祖母:「ムーちゃん(私)、あんたのお母さんは私が行くこと(兵庫県に)を嫌がりゃせんやろか?」
私:「嫌がるわけないやん!おばあちゃんが1人で過ごすほうが心配やと思うで。」
祖母:「そうやろか。」
祖母:「1度電話して、聞いてみようかね。」
私:「そしたら、電話かけてみるわ。」
このような感じで、祖母は私の母へ電話してみることに。
祖母:「みっちゃん、私がそっちに行ってもいいんね?」
母:「別に、いいよ!そちっで1人でお正月迎えても寂しいやろ?」
祖母:「そうやね、そしたらそっちでお世話になろうかね。」
母:「そうし!」
祖母:「すまんね、お世話になります。」
病気になる以前の、相手に気を使える祖母に戻ったようでした。
母もこの時は、久しぶりにうれしそうでした。
母の理想としては、祖母の気持ちがこのまま落ち着いてくれれば、兵庫県で一緒に暮らすか、兵庫県の施設に入ってくれるか(毎日顔がだせるので)のどちらかでした。
ただ、私も母も、祖母の気持ちがコロコロ変わることを何度も経験していたので、以前、兵庫県に連れて帰った時のように、「帰りたい」といつかは言い出すだろうと覚悟はしていました。
(以前連れて帰ったときの話はこちら→1回目、2回目)
この後、兵庫県に連れて帰った祖母の様子を見つつ、祖母の身の振り方を決めていくことになります。